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半作曲家、石黒太一の日々の様子やらいろいろ書いていく予定。
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記憶~1~

中高時代の人のメモリ消去を誓ったのは
それまでの人間関係を断ち切る事を目的にしたから。
大学では、俺のことを知っている人がいないから
一から人間関係をやり直したいと思っての行動。

でも、実際は1年遅れてからの実行で
1年遅れたから、メモリに残した人が数人いた。

何でまたこういうことを考えていたのかっていうと
単純に中高時代の人を信用できなくなったからというか
友達として扱うことが出来なくなったから。

思い出すだけ嫌いな人や、嫌なことを思い出すから
そういう人がいなくなって、思い返すこともなくなる
大学でやり直そうとしてた。

そんなこんなで一年目は何とか?
大学生活も楽しめたけど
一度人を疑うようになると
誰と付き合おうとも、疑わずにはいれなくなった。
大学生活が充実していけば、友達も増えていくのも
当たり前といえば当たり前だし
そうなれば、付き合っていく時間もそれだけ減っていく。
今考えてみれば単純にそれだけのことなんだけど
一緒に過ごす時間というのは、すごく濃いものだから
少し一緒にいる時間が少ないと
人間関係的に、あまり好かれてないんじゃないか?
とかいうような考え方をするようになってた。

そんな状態が続いていくと、そのうち今度は
相手のことを疑わないと、まともに対人関係を
続けられない状態になる。
冷静さを失ってしまったからこそ
単純にいろんな人と接していただけなのに
何かを失ってしまったような虚無感というのか。
そんな気分になってしまう。

そしてこういうことを考えちゃうわけです。
「心割って話せるようになるには、1年じゃ短すぎる」と。
考えてみれば、当然である。
「小中高」という長い年月をかけてきた友情に対して
大学からの1年では、あまりにも時間が少なすぎる。
それでもどこかで、時間は関係ないと思うしかなかった。

こういう事が続くと、どんどん不安だけ増していって
だんだんまともな関係を続けられなくなっていくんだ。
そんな状態だから、何かと言い合いになってしまうことも。
そんでもって、対人関係も絶とうとする始末。
何だかんだいって、今もちゃんと続いていはいるけど
よく決裂しないで済んだもんです。

相手を信用しようとするほど、逆に疑念が増える。
よく見ようとすればするほど、悪いところが余計に見えてしまうから。
見えすぎると見えないほうがいいものまで見えてしまう。
だから、本来の印象とは違った、ショックな部分を勝手に感じてしまう。

そういえば中学時代の友達がいて、そいつは
携帯からメモリを今朝なったんだけど
正直あまり心割って話そうとか思わなかった。
というか、相手の考え方を見ていて話せなかった。
この人に自分の事を話したら、きっと他の人にも話してしまうんだろう。
とか勝手に思ってたw

でも、その相手を疑い放題疑う感情が
皮肉にも、何のトラブルもなく、いつのまにか
10年越しの付き合いを成立させていた。

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