どうも、太一です。
ブログ更新します。
さて、昨日はスカイプでは誕生日をお祝いして頂きました。
昨日も書いた通り誕生日はもう嬉しくないのです。
どんどん積み重なる年齢に現実を思い知らされるだけなのです。
いつまでもまあ、ネガティブに考えていてもいけない。
だから昨日は10代の思い出を振り返るべく
チャットで10代の思い出を振り返ってみたものの
何も思い出せなかった。
修学旅行的なものぐらい思い出せるだろうに
全然思い出せなかった。
ただ一つまともに思い出せたのは
小5の頃に流行ったホルマリン事件。
事の発端は夏休みの居残り。
あの縦に長いアレをサボっていた生徒に
ちゃんと長いアレを終わらせるべく
強制的に教室へ集められたわけだ。
ちゃんと宿題はやらなきゃだめだね。
その居残りに参加していた一人の生徒が
昼飯として弁当を持ってきていたものの
全部食べきれなかったのでしょう。
おかずが余ってしまったのです。
そして、あろうことか、その生徒は
突然残飯となったおかずをペットボトルに詰め始め
ホルマリン漬けとか言いながら劇物をつくりはじめたのである。
それだけならよかったものの、小学生というのは
頭の悪い事を本気になってやる事に意欲を注ぐもの。
それに食いついた生徒が自分のおかずを寄付するように
ペットボトルへ詰めていったのです。
ありとあらゆる残飯が詰まったペットボトルは
本当にグロテスクそのもの。
夏休みが終わってからは、給食というものがありますから
余った調味料は格好の材料。
ソースや醤油は最優先に燃料として投下され
ホルマリンの見栄えはさらにグロテスクな物へと変わっていくのであった。
特にマヨネーズ系は協力で、あれこれ混ざっていたものを
全て白に染めあげる力を持っていて
恐らくそれが後のホルマリンと呼ばれる所以となった。
元々マヨネーズは嫌いだったのだが
この件で完全にマヨネーズがダメになったのは
10代の頃の良い思い出。
6年になる前ぐらいまで、つまり半年ほど
クラスの男子全員がホルマリン漬けの研究者となっていて
今にして思えば、俺を含めた男子生徒は
漏れ無く全員頭が逝かれていたのは
俺が言わずとも理解できるでしょう。
そして、今の俺の脳みそが逝かれているのは
その当時の悪ふざけの後遺症と思われる。
その後は処分されたものの、花壇に捨てた為
土の色はホルマリン色になり
雑草を含む植物は例外なく消え去ったのでした。
今こうして拙い文章に起こして振り返ると
なんともこう子供くさく、食べ物を粗末にするような行動をしていたのかと
つくづく呆れ果てる┐(´ー`)┌ヤレヤレ
だが、今日のブログはここからが本題だ。
良い大人になるためには必要な行動だったのです。
まあ、ホルマリン漬けを絶対に作らなければならないかと言われれば
全くもって該当しませんwというかやるなw食べ物を粗末にスンジャネーヨ。
ただ、こういった大人の脳みそでは想像を絶するような
くだらないいたずらというのは、子供の好奇心を
満遍なく刺激するのです。
そして、そういった経験をしていくことによって
子供の心っていうのは育つものだと俺は理解している。
やっぱ大人になってもユニークな奴って
小学校時代に、くだらないいたずらをたくさん経験してきている人だったりする。
心を育てることに成功した人間の結果ですね。
子供はやっぱ子供らしく遊ぶのが
一番成長するという意味では正解だと思う。
勉強とかも学習目的を間違えれば
間違った理解をしてしまう。
やたらと勉強出来る奴ってやっぱいたと思うんだ。
いつでも勉強勉強言ってる奴。
でも、そういう人たちって大人になったとき
ロボットか?と疑いたくなるほどに
思考が硬いんだよな( ´△`)アァ-
いや、全員が硬いって意味になってしまうねこれでは。
言葉を変えると、感情が死んでる。
恋愛なんてとてもじゃないけど出来ないね。
感情が死んだ人間に、相手の気持なんてわかるわけないし
元々ない感情を相手に伝えられる訳ないよね。
見下すとかそういう事を言うわけじゃないけど
人間って、言葉というものを使いこなせる唯一の生き物で
それ故に、どの生物よりも感情というものが
進化した生き物なんだよ。
俺らは人間なんだよ。
だから、子供の頃に遊ぶ事って本当に大事だと思う。
そして、そういうロボットみたいな大人ってのは
社会の仕組が変わった瞬間、適合できなくなると思う。
てことで、子供のうちは悪ふざけをたくさんしましょう!
最も、この年にまでなって悪ふざけばかりしていると
俺みたいに不審者になってしまうので
そういう時は周りの人が手を差し伸べて
正しい道へと軌道修正してあげましょう。
もう遅いかw
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